地上あなろぐ

都会のあるアパートの一室。ソファーの上で、男が寝ていた。
年齢は、20歳くらい。何もすることがない。毎日、御飯を食べて、テレビを見て、寝る。
することといえばそれくらいで、ずっと同じ毎日の繰り返し・・・。

友達はいない。恋人もいない。両親は、郊外に住んでいてしばらく会っていない。
思えばこの数年、人とは全く接したことがない。

人と接したいとは思うが、今の時代、人と全く接しなくても生活していけるのである。

週に一度、必要な栄養素が入った味気ないバランス栄養食が届く。
カプセル型、ブロック型、チューブに入った練り型・・・。味も色も様々で、飽きないように工夫
されているらしいが、全部同じ味にしか感じない。

それらの食費と、水道代、電気代、ガス代などは、過保護な親が毎月納めている。

つまり、働きもせずただ部屋に閉じこもって生活していれば生きていけるのである。

そんな日々だが、ささやかな楽しみといえばテレビを見ることである。
一週間の番組表は、全チャンネルすべて記憶している。ジャンルは関係なく、どの番組も見る。
テレビから得られる情報から、知識をひとつでも増やすことが「生きがい」なのかもしれない。

ある日、テレビの画面の右上に、見慣れない文字が表示されていた。

            「アナログ」

どういうことかと思ったが、話によると、数年後に現在のアナログ放送は終了し、地上デジタル放送
に切り替わるそうだ。となると、このテレビももう映らなくなるのか・・・。

たったひとつの生きがいであるテレビが、砂嵐しか映らないただの箱になってしまうのだ。
それは男にとって、恐怖である。テレビが見られなくなったら、何を生きがいにすればいいのだ?

ある日、今日もテレビを見ていると、事件のニュースが放送されていた。
どうやらある街で、殺人事件が起きたらしい。犯人の青年は、人とのつながりが持てずに社会に
不満を抱いて犯行に及んだようである。

「そんな奴、いっぱいいるよ」と男は思った。

毎日同じ繰り返し、独りぼっちの空虚な日々は風のように過ぎ去り、ついにアナログ放送終了の
日がやってきた。

男が最後に観た番組は、動物のドキュメンタリー番組であった。
氷の大地で、たったひとりで生きているホッキョクグマの話だった。
なんだか分からないが男は感動し、泣いていた。

番組が終わると、アナウンスの声が流れてきた。
「本日でアナログ放送は終了いたします。これからは地上デジタル放送でお楽しみください」

はっとして画面を見ると、砂嵐がずっと流れ続けていた・・・。