宇宙のi-Pod

学校からの帰り道、オンタはi-Podで音楽を聴きながら歩いていた。
オンタは音楽が大好きな、ごく普通の高校生だった。

ふと見ると、道路わきの歩道に何かが落ちていた。
近づいてみるとそれはi-Podだった。拾って電源を入れると、液晶画面が表示された。
「誰が落としたんだろう?まだ使えるかなあ?」
オンタは、近くの交番へ届けることにした。
「これ、そこの歩道に落ちてました」
「ありがとう。じゃあ、ここに名前と住所を書いて」
もし持ち主が現れなかった場合は、拾い主が落し物をもらえるらしい。

そして月日は流れ、一年が経った。
オンタは学校から帰り、部屋でくつろいでいると、携帯が鳴った。
出てみると交番からだった。
「一年前、落し物を届けてくれた高校生だね。持ち主が見つからなかったから、拾い主がもらっていい
ことになった。今から交番へ取りに来て」
オンタは別に予定もなかったので交番へ行った。
そして、落し物のi-Podを持ち帰った。

早速、部屋でそのi-Podにイヤホンを差して、聴いてみた。
すると、聴いたこともない電子音が、頭の中で鳴り響いた。驚いて停止ボタンを押し、i-Podの画面を
見ると、そこには見たこともない暗号のような文字が曲名のところに表示されていた。
「なんだこりゃ?それに、聴いたこともない音楽だ」
オンタは音楽には詳しい方だったが、その音楽がなんというジャンルなのか分からなかった。

その暗号をメモしてインターネットで世界の文字について調べたが、どこの国の文字か分からなかった。
そこで、古代文字について調べてみると、それと同じ文字を見つけることができた。それは古代エジプト
文明で使われていた文字だということが分かった。
曲名に表示されていた文字の意味は「繁栄」であった。他の曲名も調べてみると「人類」「宇宙」「生命」
などの意味であることが分かった。

その曲名に照らし合わせてi-Podの曲を聴いてみることにした。
しかし聴いていると、なかなか曲が終わらない。画面で曲の長さを見ると、240時間もあった。
「この曲を聴くためには、240時間寝てはいけないのか・・・」
オンタは気が遠くなった。いくら音楽が大好きなオンタでも、240時間起きて聴くことはできない。

だがその曲を聴いて、少しでも曲の構造を理解したいと思った。
それから、暇さえあればオンタはその曲ばかり聴いていた。途中まで聴いたら一時停止を押し、また
途中からその曲を聴いた。
その曲は、聴いたこともない電子音が何時間も延々と流れているというもので、少しずつ電子音が音程
を変えながら、変化していくというものであった。途中、急に電子音が消え、無音時間が続くことも
あった。しかしオンタは早送りを押すこともなく、無音の音を聴いた。ずっと聴いていると再び電子音
が流れ始め、また少しずつ音程を変えながら変化していくことを繰り返した。
「これは現代音楽だろうか?それとも最新型のクラブミュージックかな・・・?」
しかしオンタが知っている現代音楽や、クラブミュージックや、前衛音楽にも、こんな曲はなかった。

聴いては休みを繰り返し、1か月かかってオンタはその曲を聴き終わった。
全部聴いても、一度ではとてもその曲の全体像を把握することはできなかった。
そこで、もう一度その曲を聴くことにした。ちょうど夏休みになり、部屋にこもって一日中その曲を
聴くことにした。聴き始めた日、予定はなく家族も家にいなかったので、じっくり聴くことができた。
音に全神経を集中して聴いていると、時間の経つのも忘れていた。ご飯も食べず、風呂にも入らず、
寝ることさえ忘れてその曲を聴いていた。するといつの間にか24時間経っていた。曲の10分の1
聴いたことになる。
オンタは曲を聴きながら、途方もないことを考えていた。文明が生まれては消えていくことを繰り返し
地球では途方もない時間をずっと繰り返す・・・。生命が生まれては死に、進化を繰り返す・・・。
大きなバイオリズムのなかに、小さなバイオリズムが成り立っていて、時間は流れ続ける・・・。
 
そんなことに思いを巡らすうちに24時間が経ち、オンタは我に返ったのだ。
停止ボタンを押し、イヤホンを外すと、急に腹が減った。ご飯を食べながらオンタは、長い映画を観終
わった後のような、自分の中で何かが変わったような気分を味わっていた。

それからは部屋に閉じこもり、その曲を全部聴くことに挑戦した。
10日間かかって、全部続けて聴くことができた。全部聴き終わって、オンタの頭の中は何が何だか分
からなくなっていた。宇宙が始まる前、空間も時間も何もなかった頃。ビッグバンが起きて、すべては
始まった。星が生まれては死ぬことを繰り返し、生命が生まれては死んだ。人類も生まれては死ぬことを
繰り返し、途方もない時間がずっと流れ続けている・・・。
オンタの頭の中で理解できたのは、そんな抽象的なイメージだけだった。

そしてオンタは、i-Podに入っていた他の曲も聴いてみることにした。
あのi-Podには他にも、何百時間もある曲が、何十曲も入っているのだ。
オンタはその曲を全部聴いてみたい衝動に駆られた。

ずっとそのi-Podを聴いているうちに、オンタはひきこもりになった。
親や友達は心配して部屋を訪ねたが、オンタは冷たくあしらい、i-Podを聴き続けた。
もはやオンタは、音楽にとり憑かれていた。

宇宙の中で星が生まれては繰り返し、途方もない時間のなかで、空間が存在している。
時間とは何か?空間とは何か?存在とは何か?科学者や研究者が何年もかかって理解することを、オンタ
は曲を聴くうちに理解した。ずっと音楽を聴いているうちに、地球の未来、宇宙の未来について思いを
巡らすことになった。地球も宇宙もすでに消え去り、そこには人間の脳ではとても理解することが出来
ない次元の世界があった。その世界について考えているうちに、オンタは現在という時間や空間が存在
しているということが分からなくなった。そしてオンタは、発狂した。

イヤホンを耳につけたまま、ベランダから飛び降りた。
足の骨を骨折したが、命に別状はなかった。それからオンタは精神病院に入れられることになった。
オンタは病院でもあのi-Podを聴いていた。そして宇宙が消え去ったあとの世界について、ずっと思いを
巡らしていた。オンタは、もう人とコミュニケーションすることは出来なかったし、食事は点滴で摂ら
されていた。

ある日、真夜中にオンタはフラフラと病院を抜け出し、どこかへ歩いて行った。
そこは何もない山奥の畑であった。オンタは天に向かって、支離滅裂なことを叫んでいた。
すると、空の彼方から宇宙船がやってきて、オンタの頭上で静止した。

宇宙船から一本の光が伸びてきて、オンタをさらって行った・・・。