音楽マシン

ある音楽家の少年がいた。
幼少期からピアノを習っていて、早くからその才能が認められ、数々のコンクールで優勝した。
物心つく前から、音楽家である両親に厳しいレッスンを受けていて遊ぶことも許されなかった。

少年には幼少期の思い出といえばピアノのレッスンしかなかった。
楽家として成功することにすべてを捧げているといって過言ではなかった。
いつしか周囲からの期待はプレッシャーに変わり、少年はひきこもりになった。

両親は息子がこんな風になってしまったのは、期待をかけすぎた自分達のせいだと思った。

発明家でもある父親は、なんとか息子を社会に出て行けるようにしたいと、小道具を作った。
それは、耳に埋め込める小型スピーカーであった。これを息子の耳に埋め込めば、いつも大好きな
音楽を聴いていられる。だから周囲の目を気にすることなく社会に出て行けると考えた。

早速、息子に了解を得て、医者である母親の手で手術が行われた。

耳に小型スピーカーを埋め込まれてからの少年は人が変わったように明るくなり、社会へ出て行
けるようになった。といっても、人とコミュニケーションをとれるようになったわけではない。
耳からはいつも音楽が流れているので、人から話しかけられても上の空である。
一目見ただけでは普通の人となんら変わりはない。しかし、近付いてみると耳から「シャカシャカ」
と音がするのである。いつもやけにハイテンションで、楽しそうに音楽を聴いている。

両親は、これはいい発明であったと自画自賛した。
そこで小型スピーカーに更に改良を加えて、自分で思い浮かべた音が自在にスピーカーから流れる
というシステムを導入することにした。

早速、息子に了解を得て、手術が行われた。

手術は成功し、少年はいつも自分で思い浮かべた音が自在に聴けるようになった。
そこから少年は作曲を初め、一日に何十曲もの曲を作るようになった。それからというもの、少年は
24時間、作曲をしていた。御飯を食べているときも、風呂に入っているときも、寝ているときも、
ずっと作曲していた。スピーカーには思い浮かべた音が録音されるシステムも導入され、忘れていた
フレーズを思い出すこともできた。

両親はこれまたいい発明であったと自画自賛した。
そして、作曲した曲を具現化できる機械の発明を始めた。
その機械を使えば、もはや「演奏する」という行為からは解放され、自由に曲を具現化し録音する
ことができるのだ。脳に電極を埋め込み、音をイメージしただけで自在に音程や音色が変化する。
一度にイメージした複数の旋律やビートを同時に再現できる機能も備えており、もはや多重録音
などは必要ない。

早速、少年に了解を得て、手術が行われた。

それからの少年はもはや音楽を生み出すためだけに生きている「音楽マシン」と化していた。

少年はレコード会社と契約し、録り貯めた音源はアルバムとしてリリースされた。
少年の作った音楽はたちまち話題になり、アルバムは瞬く間にミリオンセラーになった。
「21世紀のベートーベン」といわれるようになり、海外ツアーにも行った。

少年の音楽は、様々な旋律やビート、聴いたこともない電子音が入り乱れ、完璧なシンフォニーを
構築していた。もはやこの音楽をジャンル分けすることはまったく意味を成さない。
レコード店では、ジャンル分けされたコーナーに少年の名前が加えられることになった。無論、
そこに並べられているのは少年のCDだけである。
凡人ではない少年によって生み出された音楽は、とても凡人には理解できないような難解な面を
持っていたが、同時にポップスのように親しみやすい面も持っていた。
曲の長さは、短いもので3秒。長いものでは30時間もあった。熱心なリスナーや、音楽評論家は
30時間寝ないでその曲を聴いた。3秒の曲は、忙しい現代人に受け、たちまち大ヒットとなった。

少年の音楽はもはや社会現象といわれるまでに多くの人を魅了した。

ある日、少年は初めてテレビの音楽番組に出演した。
こんなすごい音楽を作っているのは一体どんな人なのだろうと、ファン達は画面に釘付けになった。
アナウンサーが少年にマイクを向け、インタビューする。
「初めまして。今日はよろしくお願いします」
しかし少年は会釈もせず、ただ椅子に座ってうつろな表情をしている。
「いつから作曲を始めたんですか?」
「・・・」
「私は3秒の曲が好きなのですが、すばらしい曲ですね」
「・・・」
突然、少年は立ち上がって、聴いたこともない曲を歌い始めた。
アナウンサーは驚き、その曲の官能性をも含んだ美しさに圧倒され、酔いしれた。
これは少年の新曲であり、テレビの生中継で全国に流された。音楽ファンからは大うけであった。

耳にスピーカーを埋め込まれ、音楽を作るためだけに人生を捧げてきた少年には、もう普通に人と
コミュニケーションする能力は忘れ去られていたのである・・・。