過去と未来を繋ぐ

最近、宇宙や人類学についての本を読んで勉強しています。
 
 
それらの本によると、宇宙はある時”無”から始まり、10の-36乗くらいの時間で「インフレーション」が起きて、
 
とてつもなく小さかった宇宙はビッグバンのあと、緩やかに巨大化していき、それは今も続いていて途方もない
 
時間のあと、137億年経った現在に人類は生きているらしいです。
 
 
 
あと、宇宙は「親宇宙」から生まれ、あるきっかけで「子宇宙」「孫宇宙」と無限にどんどん増え続けているそう
 
です。ということはおそらく、宇宙はわれわれの宇宙だけではなくて、いくつもの無限の宇宙に同じように生命
 
がいて、知的活動を行い、文明を築いて我々と同じように生活していると考えた方が自然でしょう。
 
 
もちろん、その姿は地球人の想像を絶するようなものも数多くあるだろうし、考えもしない手段で生活している
 
ものもいるであろう。そんな宇宙人たちについて予想するのはいくらでもできるが、実際に見たり会ったりする
 
ことはおそらくできないのだと思う・・・。その確率はとてつもなく低いのである。
 
 
 
でもそれらの宇宙人も、互いに愛しあったり殺し合ったり、何かに悩んだりして生きているに違いないと思う。
 
そう考えると、皆同じ宇宙に存在して生きている生命として決して孤独ではないのだと思います。
 
 
 
生きていることに意味などないし、目先の欲望や権威に捉われて視野が狭くなっている、現代社会に生きる
 
人類は愚かだなと思うけど、人間ってそういうものなのでそれもありだなと思います。もともと無意味な人生な
 
のだから難しく考えても何も考えなくても、悩んでも殺しあっても、努力しても怠けても、どうでもいいって思えて
 
くる・・・。 理想は”自然”に任せて、なるようになると生きていくことなのだなという気がします。
 
 
自然は宇宙の法則に従って動いているので・・・。自然科学に終わりがないように哲学にも終わりがないのだ。
 
 
 
相対性理論の本も読んでいるのですが、宇宙科学って先人たちが一生をささげて積み上げた研究成果に支え
 
られて少しずつ新しい理論が発見され、進歩していったそうです。
 
 
そう考えると、人類はある装置の歯車みたいに、機械の端末みたいに、お互いに命を繋ぎながら一生を生きて
 
いて、その変遷は絵巻物みたいにずっと繋がっているのだろうなと思います。その過程に人類は進化を遂げ
 
種は少しずつ進歩しながら文明を築いて、科学や天文学を発展していったのだな。
 
 
小説「2001年宇宙の旅」の冒頭部分は、「現在生きている人類の後ろには30人の幽霊が立っている」という書き
 
出しになっています。つまり現在の地球の人口の約30倍が、時の曙以来、地上に足跡を残した人類の数らしい
 
のです。そして、銀河系に輝く星の数もまた、その数字と同じくらいなのだそうです。
 
 
これって、何かすごくドラマティックな数字だと思いませんか?宇宙が「閉じた宇宙」といわれていたころ、光が
 
戻ってきて死んだ星をまた見ているという現象にどこか似ている気がします。今を生きる人類と、銀河の星との
 
ミステリアスな未来を予知させる、暗示的な数字に思えます。
 
 
 
オーパーツやオカルト系の本も面白いけど、ああいう本は確かな検証がなされていないので、間違った情報も
 
多いため、ちゃんとした根拠がある研究者が書いた本と合わせて読むことをお勧めします。
 
 
古代文明や人類が残した遺物について考えていると、古代人は数千年~数万年後の現在の人類について考え
 
ていたのかなと思ったりします。 今でこそ考古学や地学が進み、過去の人類についてかなり多くのことが知ら
 
れるようになったけど、当時の人類は過去や未来の人類の変遷について考えていたのだろうか?
 
 
600万年くらい前、アフリカで生まれた人類の祖先は、気候が穏やかになるにつれ、少しずつ世界各地へ広がっ
 
て行きます。もちろん、そのころの人類は世界がどこまで続いているのかも知らないし、大陸を制覇してもそれ
 
が歴史に残る出来事なのだとは考えもしなかったであろう。
 
洞窟に残る壁画や最古の芸術作品を見ても、それが何のために書かれたものなのかは不明であるし、未来を
 
予見していたのかどうかは今となっては神のみぞ知る。
 
 
同じように現代社会を生きる人類も、数千年~数万年後の未来について多くの一般人は考えていないだろう。
 
少数の研究者をもってしても、未来を予知することはすごく難しいことであり、実際多くの予想は外れている。
 
 
テクノロジーが発達し、生活が便利になった今でも、限りなく続く人類進化の絵巻物について普段、あまり考え
 
ることはない。実際、進化や未来について考えていることは過去の人類と大差ないのかもしれない。
 
 
古代マヤ文明エジプト文明も、天文学については今と同じくらいの精度を誇っていたらしい。過去は時間に
 
縛られていない分、そういうことについて考えたり、物を作ったりするのは上手かったのかも知れない。
 
 
 
だとすれば、古代人も、数千年後の今の人類について考えていたのだと思います。
 
ピラミッドなどを目的も分からず作っていた分もあるだろうが、確実に自分たちが生きた”証”みたいなものを
 
残したい、それを未来人に伝えたいという熱い情熱がつき動かしていたのだと考えるのはドラマティックすぎる
 
だろうか?
 
 
 
いや、色々な本を読んでずっと考えているが、宇宙に生きる意味みたいなものを古代人は探していて、それを
 
未来に残したいという目的があったのだと強く確信しています。
 
 
そう考えていると、我々も何かを残したいと思っているだろうか?やっぱり今を生きる人類として、未来に何かを
 
残していきたいと誰もが考えるのではないだろうか。
 
手段は何であれ、ひとりひとりは機械を動かす小さな歯車にすぎないとしても、確実に自分が歩んだ証を残して
 
生きたいと考えているのです・・・。
 
 
 
・・・数万年後、生き残った少数の人類が、データを復元して守り抜いた過去の文明の情報や文化的な芸術作品
 
を見て、未来人は何を考えるのだろうか・・・?